【訃報】平尾昌晃さん(79歳)肺炎で急死!何故歳をとると肺炎が多くなるのか!



「瀬戸の花嫁」「よこはま・たそがれ」「カナダからの手紙」などのヒット曲で知られる作曲家で、
歌手としても活躍された平尾昌晃(ひらお・まさあき)さんが21日午後11時40分、肺炎のため、都内の病院で死去されました。79歳でした。

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■平尾昌晃さんの人生を振り返って

平尾昌晃さんは作曲家として有名ですが、
もともとは、山下敬二郎さんやミッキーカーチスさんとともに
「ロカビリー3人男」と呼ばれたロカビリー歌手でした。

知らない人もいるかと思いますので
一応プロフィールも調べてみました。

本名:平尾勇
歌手名:平尾昌晃
生年月日:1937年12月24日
没年月日:2017年7月21日(79歳)
出身地:東京府東京市(現東京都新宿区)
職業:作曲家・歌手

社団法人日本作曲家協会・常務理事
社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)理事

祖父は化粧品メーカーの社長に就いてた実業家の平尾聚泉(ひらおしゅうせん)さん。
伯父さんは、国立音楽大学の教授である平尾貴四男さん。

伯父さんはクラッシック音楽の作曲家もしていたということから、
平尾さんの音楽の才能は、伯父さんと共通するものがあったと思われます。

 

平尾さんは小学3年生のとき、自宅に来ていた将校から貰ったジャズのLPを聴き衝撃を覚え、
ラジオで英語の歌詞を覚えるほど熱心に洋楽を聴いてた少年だったそうです。

11歳のときは、のど自慢大会に出場し「奥様お手をどうぞ」を英語で歌い合格されています。

高校時代になると、できたばかりの日本ジャズ学校に通い、
進駐軍キャンプやジャズ喫茶で腕を磨いていきます。

ジャズ教室に通い、ペギー葉山さんらと知り合いになられてますが
今年亡くなられたペギー葉山さんも進駐軍キャンプで歌われていますね。

ペギー葉山さんも急性肺炎でしたけど…
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1958年1月には、
キングレコードより「リトル・ダーリン」でソロ・デビュー。

早くから音楽的才能を発揮すると、
1950年代末にブームだったロカビリーの世界へと。

派手なファッションとキレのいい歌唱が受けて
女性からの人気も高かったようですね。

ソロ歌手としては、
「星は何んでも知っている」や「ミヨちゃん」などをヒットさせています。

ロカビリーブームが去った1965年頃からは、布施明さんの「おもいで」がヒットし、
作曲家として一躍脚光を浴びるようになります。

続けて、作曲家として「霧の摩周湖」「恋」、じゅん&ネネの「愛するってこわい」
梓みちよさんに提供した「渚のセニョリーナ」などが次々ヒット。

「霧の摩周湖」、「渚のセニョリーナ」では、第9回日本レコード大賞作曲賞を受賞するも
当時は自分は歌手だという自覚が強く、心中は複雑だったそうなw

しかしその後、平尾さんは結核の病で長期療養生活に入ることになります。
 

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■平尾昌晃さんは肺の持病があった

60年代半ばから作曲家に転身した平尾さんですが以前から肺を患っており、
当時、医師からは「3年間は肺を使ってはいけない。歌わないように」と告げられ、
歌手活動は断念したといわれています。

1968年12月3日、結核を患い信州で長期間入院による療養を余儀なくされ、
肋骨を6本取り除く大手術を受け1年後に退院。

(のちに作曲家としての活動の原点はこの療養期間にあったと語っている)

このようにもともと肺に疾患があられた平尾さんですが、
2年前には肺がんを発症して、入退院を繰り返す闘病生活をおくられています。

持病のある身で当時77歳の平尾さんにとっては辛い闘病だったでしょう。

今年の5月には体調不良のため1ヶ月の入院生活。
一時は回復するも、7月13日に体調を崩され治療していたそうですが、
その後、暑い日が続いたこともあり、
数日後に体調を悪化させてしまい入院し、たんの吸引などをしていたそうです。

入院中も仕事に対して常に前向だったようですが、21日に容体が急変!
家族やスタッフらに見守られて亡くなられました。

残念ですが、
芸能界で活躍の次男の平尾勇気さんは最期には間に合わなかったようです。

 

平尾昌晃さんが作曲した有名な曲は山ほどありますが
その中の何曲かをピックアップしてみました。

・よこはまたそがれ(五木ひろし)
・うそ(中条きよし)
・カナダからの手紙(畑中葉子デュエット)
・二人でお酒を(梓みちよ)
・草原の輝き(アグネス・チャン)
・恋のしずく(伊東ゆかり)
・わたしの城下町(小柳ルミ子)
・瀬戸の花嫁(小柳ルミ子)
・旅愁(西崎みどり)
・櫻(氷川きよし)
・アメリカ橋(山川豊)
・カリフォルニア・コネクション(水谷豊)
・霧の摩周湖(布施明)
・愛は不死鳥(布施明)
・泣きぬれて(園まり)
・銀河鉄道999(ささきいさお)
・キラキラ星あげる(大場久美子)
・愛するってこわい(じゅん&ネネ)

他にも多くの楽曲があり、
今もカラオケなどで親しまれる曲が多いですよね。

 

■何故歳をとると肺炎が多くなるのか

高齢者は肺炎で亡くなる方が多くなりますね。
高齢になればなるほど病気になりやすく、病気すれば手術も必要になります。

病気や手術によって、特に高齢者は抵抗力を失い、
ウイルスや細菌に感染しやすくなるといわれています。

また、見舞いなどで訪れた人からうつされたり
大部屋だと他の患者さんから色んな細菌をうつされるという可能性も出てきます。

国内の死亡原因の第3位が肺炎だといわれ、
65歳以上の大半の方は肺炎で亡くなるとさえ言われています。

原因として多いのは
肺炎球菌で全体の4分の1を占めているのだとか。

高齢者はもっと肺炎に注意が必要だといえるでしょう。

一方、ワクチンを接種すれば、5年以上の効果が期待できるとされています。
65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳になる時に

自己負担3000円程度で受けることができます。

こうした国の助成制度を活用すれば
病気になる前に予防できるのではないかと思われます。

 

平尾昌晃さんは74年に平尾昌晃歌謡教室(現平尾昌晃ミュージックスクール)を開校。
松田聖子さんら多くの有名歌手を育て上げ、03年には紫綬褒章を受章。

06年から宮川泰さんの後を受けてNHK紅白歌合戦のフィナーレ「蛍の光」の指揮も務められています。

葬儀・告別式は近親者で行い、後日お別れの会を開く予定だということです。
ここにご冥福をお祈りいたします。

引用:http://www.asahi.com/articles/photo/AS20170722003739.html
出典:https://www.nikkansports.com/

まとめ

肺病のため長期療養の経験から、洋楽志向だったのが故郷をテーマに作曲するようになったとされ,
ボランティアや社会貢献活動にも積極的に取り組んでおられたそうです。
平尾昌晃さんは多くの曲を手掛け、それらは今でも私たちに歌い継がれています。
40年後、50年後にも歌い続けられる曲。
そんな誰にでも親しみやすい曲を残してくれた平尾昌晃さんに感謝の気持ちと
哀悼の意を捧げたいと思います。天国で安らかに…合掌

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