女子アナブームの火付け役、有賀さつきさん(52歳)が1月末に亡くなられていたことがわかりました。
詳しい死因などは明らかになっていませんが、昨年から闘病されていたといわれています。
今日の朝のTV番組でも取り上げられ、ショックを受けられた方は多いと思います。
近い友人にすら明かさず、
闘病を隠して明るくふるまっていたことが悲しみを深くしています。
一体彼女の身に何が起こっていたのか…
有賀さつきさんの人生を紐解いてみたいと思います。
目次
有賀さつきさんの人生を振り返って
知らない方のために有賀さつきさんのプロフィールを紹介します。
出典:https://www.daily.co.jp/gossip/2018/02/05/0010959075.shtml?ph=3
本名:有賀さつき
出生地:愛知県名古屋市
生年月日:1965年9月9日
没年月日:2018年1月30日(52歳没)
血液型:A型
職業:タレント、元フジテレビアナウンサー、大学講師
有賀さんは父親の仕事の関係で5歳~8歳まで米ニューヨークで育った帰国子女で
英語は得意だったそうです。
84年に文化放送「ミスDJリクエストパレード」に出演
それから放送業界にかかわるようなります。
88年には、フジテレビに入社。
同期には、貴乃花親方のお嫁さんである河野景子さん(53歳)や八木亜希子(52歳)さんがいます。
いわゆる「花の3人娘」と呼ばれ、女子アナブームの全盛期を飾りました。
とにかく当時のフジテレビはこの3人で持っていたといっても過言ではないといわれるほど
女子アナブームの先駆けで輝いていたのです。
人気絶頂期の92年にわずか4年のフジテレビを去ってフリーに転身。
いきなりテレビ朝日の「ミュージックステーション」でサブ司会を務めます。
95年には、不倫も発覚!
「ご家庭があって申し訳ないという気持ち以上に、どうしようもない愛を感じる」と発言し
この彼女のコメントに関しては、世の女性たちからかなりキツイ批判があったようで注目を集めました。
その後、和田圭氏(65歳)と結婚され一女を授かりますが離婚。
有賀さんは娘さんを育て上げるために、アナウンサー講師やTVのお仕事などをされ、
最後まで笑顔で出演されていました。
最後の動画が、日本テレビの通販番組「日テレポシュレ」でも
昨年収録済の映像が、今年2月4日に放送されているというのも何か不思議な縁を感じます。
昨年10月、テレビ朝日の「あいつ今何してる」に都立九段高の同級生らと出演した際にも
いつもと変わらない明るい表情を見せていたといいます。
青春時代を懐かしんで、涙するシーンも…。
自分が歩んできた人生を思い返し、いろんな感情がこみあげてきたのでしょうか。
有賀さつきさんの家族は?
前述したように有賀さつきさんは、
2002年にフジテレビ解説委員の和田圭氏(65歳)と結婚されています。
そして一女を授かり、現在15歳の娘さんがいらっしゃいます。
当時、有賀さんの結婚相手が一回りも上で、なんとなく違和感を感じ、
“和田圭”さんはないんじゃない?と私の周りではみんな驚いていたものです。
最初は、和田圭氏のプロポーズを断ったそうですが、
その一週間後に妊娠していることがわかったので、「改めてお受けした」とのこと。
「子供ができたから結婚しよう」
「刑務所に入る覚悟で結婚しよう」と結婚を決断したことを明かされた時には、
さらにびっくりしてしまいましたw
もともとは「超遊び人の不良っぽい人」が好きな有賀さんにとって
和田氏は、真逆の人。
それでも、
男と女、暮らしてみないとわからない!
肌を合わせてみないとわからない!と思っていましたが
離婚の記者会見では驚きの発言が。
出典:https://www.daily.co.jp/gossip/2018/02/05/0010959075.shtml?ph=3
もうここまできたら、私には理解できないのですが^^;
さらに「彼とは同じところを見てない」
「家の中でも上司と部下の立場だった」とも話されています。
インタビューに答える彼女が、あまり醜く感じないのはその美貌と天然のキャラからくるのか
正直な人だなって妙に納得してしまいました。
結婚してその年11月には長女を出産するも、4年しか続かなかった結婚生活ですが、
彼女からしたら、4年も頑張ったということになるのですよね。
ある意味、すごい女性だなって思います。
他校からも見に来る生徒がいたくらい、マドンナ伝説がある有賀さん。
波乱万丈の生活の中で、支えは現在15歳になる娘さんだったのでしょう。
娘のために働き病に倒れても一人で闘い続けられたのだと思います。
有賀さんの行動はとにかく、トツゼン。
今回の訃報も突然でした。
同期の八木亜希子さんを始め、古巣のフジテレビ関係者などは有賀さんが闘病していたことを全く知らなかったといいます。
一人で背負って闘病していた有賀さんは、強い精神力の方だったのですね。
華やかな人生のように見えていましたが
彼女は彼女なりに、その時その時を一生懸命、自分の気持ちに素直に生きてきたように思えます。
実のお父様の話では、有賀さんは、2週間前から体調が思わしくなく入院されていたそうで、
1月30日に容態が急変し死亡されたようです。
1月30日の朝8:00頃に突然、入院先からのTELで知らされたと話されました。
そして、有賀さんの通夜は1月31日に
葬儀は2月1日に滞りなく行われたもようです。
いまだに何がどうなったのかわからず、カメラの前に立ったお父様の姿は憔悴して痛々しかったです。
52歳は早すぎますね。心よりご冥福をお祈りいたします。
追記:2月6日
お父様はインタビューのあと病院へ出向き、先生から病名を聞かれたそうです。
しかし、有賀さんの強い希望で病名は公にしないでくれということがわかり
彼女の思いを尊重したいと話されていました。
最期まで自分がいなくなってからの娘さんの将来を心配されていたようで、
「娘のことが心配です。娘をよろしくお願いします」と看護師に話されていたそうです。
まとめ
若い人がなくなると本当につらいですね。志半ば、まだまだ若いです。
死因がわからず何となく不透明なのですが、ガンではないかという噂もありますが本人の希望によって公表されません。
天国で安らかにお眠りください。